田端義夫たばたよしお
1919年1月1日生まれ三重県 出身
2013年04月25日死去
田端 義夫(たばた よしお、1919年(大正8年)1月1日 - 2013年(平成25年)4月25日)は、日本の歌手、ギタリスト。
本名:田畑 義夫(読み同じ)。
第二次世界大戦前から21世紀初頭まで現役歌手として活躍した。
愛称はバタヤン。
水平に構えて持つ、アメリカのナショナル・ギター社製エレキギターと独特の哀愁を帯びた歌声、「オーッス!」という威勢のよい挨拶がトレードマークで、広く国民に親しまれた。
経歴=
三重県松阪市生まれ。
3歳の時に父を亡くし、大正14年(1925年)に一家とともに大阪に出て行く。
小学校3年の半ばで中退。
赤貧のため慢性的な栄養失調であった。
トラコーマにかかり徐々に右目の視力を失う。
13歳より名古屋の薬屋やパン屋、鉄工所などで丁稚奉公。
その間に見たディック・ミネのギターを持ちながら歌うステージに感動し、みずから音の出ないギターを作っては河原で歌い、次第に流行歌の世界に傾倒していく(ベニヤ板の板切れで作った音の出ないギターを“イター”と呼んでいたという)。
昭和13年(1938年)、ポリドール・レコードの新人歌手北廉太郎の宣伝のため「伊豆の故郷」を課題曲とした新愛知新聞社主催のアマチュア歌謡コンクールに出場することを姉から勧められ、優勝する。
ポリドールの勧めで上京し、鈴木幾三郎社長宅の書生となる。
その時に知り合った同じ鈴木宅の書生が、「オースッ!」と挨拶することにヒントを得て、後にステ ……